後記

 「こんなにも脱稿することが待ち遠しく、そして来ないで欲しいと願った古歌紀行文は、間違いなく初めてだったなあ...」
 これが今の率直な思いです。

 近江から帰ってきたのはまだまだ残暑厳しい9月半ば。その後、すぐに近江国の古歌紀行文を書き始めれば良かったのだと思います。...この「さゝなみのしがゆ」という作品だけを見たならば。
 ですが、当時のわたしが取り組んだのは数年間、放置してしまっていた大和国古歌紀行文「あきづしまやまとゆ・弐」。お蔭様でそちらは1ヵ月後の10月末には完成させることができましたけれども。

 自身の経験則からすると400字詰原稿用紙で250枚以上の長さになると、得てして脱稿後しばらくは、抜け殻のようにして過ごしてしまいます。件の「あきづしまやまとゆ・弐」も
改めて加筆した部分が250枚を超えていて案の定、11月は丸ごとぼんやりして過ごしました。
 ...古歌紀行文とは別に、歌関連でも少しややこしい問題を抱え込んでいた時期でもありましたしね。

 そして12月。ようやく始めたのは近江国関連の資料の読み込みで、ですがその矢先の12月18日。仕事で左手の人差し指先端を切断する、という怪我に見舞われまして。
 怪我そのものはそれほどの大事ではなく、けれどもキーボードをいつものように叩くことは、当たり前ですが無理でした。...止血・抜糸がすべて済むのに1ヵ月弱を要し、ようやく本格的に書けるようになったのは1月後半です。

 でも。でも、なんです。本当に苦しかったのはここからでして、複雑すぎる内容を、平易に綴ることができず、
「...これでいいんだろうか」
 と。そう、迷いながらの作業は、本人にはとても心地悪く、とは言いつつも全体像が見えてこないと手の入れようもない、と自身を抑え付けるようにして書き進めた日々は、まさしく過去にはない苦しさとなりました。

 原稿用紙換算ソフトによると、総執筆枚数(拾遺と後記を除く)は827枚。果たして、これほどの分量を必要とするだけの内容があったのかは、未だに判りません。ですが、01〜32までを一気に読み通してみた限りでは、
「ああ、いつものわたしだ」
 こう、思えましたから今回はこれで良し、とすることにしました。

 本編脱稿後も、拾遺やこの後記など、何だかんだとずるずる書き続けてしまっているわけで、苦しかったけれどもそれだけ、思い入れ深く、終え難い旅だったことは、間違いないでしょう。...今でもまだ、心の何処かで書き続けたがっているわたしですが。
 本編を脱稿したのは、3月20日でしたが、実はこの日、わたしは次なる古歌紀行を始めていて、まさしく出発直前に脱稿。旅より戻った翌日から、全体の文字校正とhtmlファイル化、というスケジュールでした。書き始める時も、以前の旅を持ち越していて、書き終える時もまた、以後の旅に持ち越して、といった有様に、改めて旅から旅へと渡り歩いている自身を思います。...幸せなのでしょうね。恐らくは、今現在のわたしにとって最高とも言える幸せの形。それが、歌と旅のなかに、越境という行為のなかに、あるのでしょう。

 前述しているように、もう近江の次の旅は始まっています。しばしの休息の後に、わたしはまた紀行文を書き始めるでしょう。そして、それが脱稿する頃には、さらに新たな旅へ、わたしは発つのだと思います。旅は連鎖します。旅に終わりなんてありません。もちろん、終わらせることはできますけれどもね。
 越境。これこそが、わたしの幸せであるうちは、わたしは旅を終わらせません。そして旅によって逢う、ということもまた、終わることがないのだと思います。

 たくさんの逢うことを授けてくれた近江国と不破界隈の地へ、心からの感謝を。そして、彼の地に眠る多くの命に、心からの祈りを。
 すべての人が幸せになれることなどない、と知っていながら夢を見たがっているわたしです。祈ることしかできないわたしです。しかし、それでもせずにはいられない、たった1つの祈りを込めて、です。


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 本稿を書くにあたり、参考にさせて戴いた文献を以下に記します。

・万葉集関連
 「万葉集検索データベース・ソフト」 (山口大学)
 「萬葉集」(1)〜(4) 高木市之助ほか 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「新編国歌大観準拠 万葉集」上・下 伊藤博 校注 (角川文庫)
 「新訓 万葉集」上・下 佐々木信綱 編 (岩波書店)
 「万葉集」上・中・下 桜井満 訳注 (旺文社文庫)
 「万葉集ハンドブック」 多田一臣 編 (三省堂)
 「万葉ことば辞典」 青木生子 橋本達雄 監修 (大和書房)
 「万葉集地名歌総覧」 樋口和也 (近代文芸社)
 「万葉集辞典」 中西進 著 (講談社)
 「初期万葉歌の史的背景」 菅野雅雄 著 (和泉書院)
 「古代和歌と祝祭」 森朝男 著 (有精堂出版)
 「万葉集の民俗学」 桜井満 監修 (桜楓社)
 「万葉集のある暮らし」 澤柳友子 (明石書店)
 「万葉の植物 カラーブックス」 松田修(保育社)
 「万葉集大成」(1)〜(20) (平凡社)

・古事記
 「古事記/上代歌謡」 (小学館日本古典文学全集)
 「新訂 古事記」 武田祐吉 訳注 (角川文庫)

・日本書紀
 「日本書紀」上・下 坂本太郎ほか 校注(岩波日本古典文学大系)
 「日本書紀」上・下 宇治谷孟 校註 (講談社学術文庫)
 「日本書紀」(1)〜(5) 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注(岩波文庫)

・続日本紀
 「続日本紀 蓬左文庫本」(1)〜(5) (八木書店)
 「続日本紀」青木和夫ほか 校注 (岩波新日本古典文学体系)
 「続日本紀」上・中・下 宇治谷孟 校註 (講談社学術文庫)
 「続日本紀」(1)〜(4) 直木孝次郎 他 訳注 平凡社(東洋文庫)

・近江国風土記逸文
 「風土記」 秋本吉郎 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「風土記を読む」 中村啓信 谷口雅博 飯泉健司 編(おうふう)
 「風土記」 吉野裕 訳(東洋文庫)

・出雲風土記
 「風土記」 秋本吉郎 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「風土記を読む」 中村啓信 谷口雅博 飯泉健司 編(おうふう)
 「風土記」 吉野裕 訳(東洋文庫)

・先代旧事本紀
 「先代旧事本紀 訓註」 大野七三 編著(批評社)
 「先代旧事本紀の研究 校本の部」 鎌田 純一(吉川弘文館)

・古語拾遺
 「古語拾遺」 西宮一民 校注(岩波文庫)
 「『古語拾遺』を読む」 青木紀元 監修(右分書院)

・扶桑略記
 「転注記 扶桑略記校譌 毎條千金」 正宗敦夫 編(日本古典全集刊行会)

・延喜式
 「延喜式」 国史大系編修会(吉川弘文館/国史大系19〜21)
 「日本古典全集 延喜式」(1)〜(4) 與謝野寛・正宗敦夫・與謝野晶子 編纂(現代思想社)
 「延喜式」 虎尾俊哉 著 (吉川弘文館)
 「延喜式祝詞教本」 (神社新報社)

・古代歌謡
 「記紀歌謡集」 武田祐吉 校註 (岩波文庫)
 「古代歌謡」 土橋寛・小西甚一 校注(岩波日本文学大系)
 「上代歌謡」 高木市之助 校註 (朝日新聞日本古典選)
 「日本の歌謡」 真鍋昌弘・宮岡薫・永池健二・小野恭靖 編(双文社出版)

・神楽歌「朝倉」
 「伊勢神楽歌考」 本田安次 著(綿正社)

・神楽歌「韓神の歌」
 「伊勢神楽歌考」 本田安次 著(綿正社)

・催馬楽「鷹子」
 「催馬楽」 木村紀子 訳注(東洋文庫)

・懐風藻
 「懐風藻」 江口孝夫(講談社学術文庫)
 「懐風藻-漢字文化圏の中の日本古代漢詩」
              上代文学会研究叢書 辰巳 正明 編 (笠間書院)

・上代語
 「古代の声 うた・踊り・ことば・神話」 西郷信綱(朝日選書)

・和歌全般
 「新編国歌大観 CD-ROM」 監修 新編国歌大観編集委員会(角川学芸出版)

・古代和歌
 「古代和歌史研究」 伊藤博(塙書房)

・21代集
 「二十一代集〔正保版本〕CD-ROM」 (岩波書店 国文学研究資料館データベース)

・古今和歌集
 「古今和歌集」 小沢正夫 校注・訳 (小学館日本古典文学全集)
 「古今和歌集」 小島憲之ほか 校注 (岩波新日本古典文学大系)

・後撰和歌集
 「後撰和歌集」 松田武夫校訂(岩波文庫)

・拾遺和歌集
 「拾遺和歌集」 小町谷 照彦 校注(岩波書店新日本古典文学大系)

・後拾遺和歌集
 「後拾遺和歌集」 久保田淳ほか 校注 (岩波新日本古典文学大系)

・新古今和歌集
 「新古今和歌集」 小島吉雄 校註 (日本古典全書 朝日新聞社)
 「新古今和歌集」 久松潜一ほか 校注 (岩波日本古典文学大系)

・新勅撰和歌集
 「新勅撰和歌集」 久曾神昇ほか校訂(岩波文庫)

・玉葉和歌集
 「玉葉集 風雅集攷」 次田香澄 校註(笠間書院)

・風雅和歌集
 「玉葉集 風雅集攷」 次田香澄 校註(笠間書院)

・古今和歌六帖
 「古今和歌六帖」 宮内庁書陵部(養徳社)

・小倉百人一首
 「百人一首古注抄」 島津忠夫・上條彰次 編 (和泉書院)
 「百人一首注釈書叢刊」(1)〜(20) 荒木尚ほか 編 (和泉書院)

・大伴家持集
 「評釋大伴家持全集」 小泉苳三(修文館)

・夫木和歌抄
 「夫木和歌抄」 宮内庁書陵部(図書寮叢刊)

・梁塵秘抄
 「梁塵秘抄」 榎克朗 校注(新潮日本古典集成)
 「梁塵秘抄」 佐佐木信綱 校訂(岩波文庫)

・養老令など律令関連
 「註解養老令」 会田範治 著(有信堂)
 「律令制と古代社会」 竹内理三先生喜寿記念論文集刊行会(東京堂出版)

・薬師寺縁起
 「薬師寺金石文考四種(附)薬師寺縁起」 中田祝夫 編(勉誠社文庫52) 

・中国文学と日本文学の比較論
 「上代日本文学と中国文学」(1)〜(3) 小島憲之(塙書房)

・中国古典漢詩関連
 「中国名詩選」(上)〜(下) 松枝茂夫 編(岩波文庫)

・魏志倭人伝
 「魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝」 石原道博 編訳(岩波文庫)

・隋書倭国伝
 「魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝」 石原道博 編訳(岩波文庫)

・今昔物語
 「今昔物語集 本朝世俗部」(1)〜(4)
            阪倉篤義・本田義憲・川端善明 校注(新潮日本古典集成)

・とはずがたり
 「とはずがたり」 福田秀一 校注(新潮日本古典集成)

・近江国全般
 「万葉の歌 人と風土」(8)滋賀 広岡義隆 著(保育社)
 「近江万葉の道」 淡海文化を育てる会 編(サンライズ出版)
 「探訪神々のふる里」(7) 近江・若狭・北陸 (小学館)
 「12歳から学ぶ滋賀県の歴史」 滋賀県中学校教育研究会社会科部会 編
                           (サンライズ出版)

・古代豪族関連
 「新撰姓氏録の研究」 佐伯有清(吉川弘文館)
 「古代豪族系図集覧」 近藤敏喬 編(東京堂出版)

・海人族関連
 「海の古代史 黒潮と魏志倭人伝の真実」 古田武彦(原書房)
 「海の古代史 東アジア地中海考」 千田稔 編著(角川選書)
 「海人の伝統」 大林太良 編(中央公論社)
 「古代海人の謎」 宗像シンポジウム(海鳥ブックス)
 「古代の日本海文化」 藤田富士夫 著(中央公論社)

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 2006,09,16〜19         近江国訪問
 2007,03,06           美濃国不破郡訪問
 2006,12,18〜2007,03,20 04,11  執筆
 2007,03,31〜          遼川るか公式サイト瓊音にて掲載


                                   遼川るか 拝









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